藤井:
音楽教室では齋藤先生の指導がすばらしかったですね。ものすごく厳しかったですが。最後のほうは車椅子に乗って来られたのですが、突然車椅子から立ち上がるなり、そのときの学生の指揮者を押しのけて「こうやるんだ」。ものすごい音になりました。人間が出す音でこんな音があるのだと当時感動しました。良く聞かれるのですが、同じオーケストラで指揮者が代われば音が変わらない訳はありません。
山瀬:
ご自身の生き方を決定された出来事ですか。
藤井:
さきほども申し上げましたが、人の真似事をやってもだめだと。のちに留学したときに、みずから独自性をもって、「オンリーワン」になるにはどうしたらいいか、と考えるきっかけになりましたね。フランスでフルートを勉強したし、バルカン室内管との共演や、台湾での演奏や中国での演奏など、仕事として演奏することもありますが、それが私にとってもビジネス上の武器になっています。
山瀬:
いまは音楽が「武器」になる時代ですよね。昔はクラシック音楽って、お金持ちの趣味みたいにいわれたことがありましたが、いまはそういう時代ではないですよね。でも、忙しくなりますよね。経営もしつつ、アーティストもしつつ、ということで。
藤井:
30年で売り上げを7倍にして、新規ルートを開拓して、新製品の開発を行ったりしました。こういうものは開拓するときにものすごくエネルギーを使うものですが、今は社長就任当初より安定しているので、比較的演奏する時間も取れる訳です。
音楽の経験がビジネスに生きる
山瀬:
龍角散という歴史ある企業を率いるうえで、「音楽の経験だからこそ持てる視点」があるとすればなんでしょうか。
藤井:
全員が必ずしも持っているわけじゃないと思いますが、音楽大学の学生はがんばっていますが、演奏で食べて行くのはなかなか難しい。音大卒は一般の仕事はできるでしょうかと聞かれるのですが、とんでもない、できるのですよ。弊社にも音楽大学を卒業した社員が何人もいますし、来年も新入社員で入社します。音楽ができるということは、譜読みができるということ。論理的な思考ができるということです。作曲科なんかでは、いつまでに作品を仕上げるというスケジューリングができる。これらはビジネスセンスそのもので、それがないと音楽はできないのです。そのうえで、人前で演奏して感動させようとかするわけですよね。一般の大学なんかでは、そんなプレゼンのことなんか教えてくれないのではないでしょうか、音楽で表現力や感性を磨いたりした人はそれがある。人に興味を持たないと、音楽の仕事なんかできないのです。いかなる仕事も人とかかわりを持つのですよ。そのときに「音楽を勉強していた」というのは大きな武器になるのです。
山瀬:
いい言葉ですね。
藤井:
音大を出て、一般企業に就職したりすると「人生負け組」みたいに言われた人がいるそうなのですが、とんでもないですね。音楽は一生モノです。本業に差し支えなければ、仕事しながら演奏したってかまわないと思います。一般の仕事って必ずどこかでリタイアするわけですよね。音楽は一生ですから。
山瀬:
音楽が本業のモチベーションになりますね。
藤井:
とくにいまは空前の人手不足ですから、音大卒は絶好のチャンスなのです。母校の音大の同窓会副会長を務めているのですが、卒業式の祝辞で、「産業界は君たちを待っている」というと、あまり実感がない学生が多いように感じます。反対に親御さんが来て「ありがとうございました」とお礼をいわれます。
山瀬:
親御さんたちは心配していますからね。
藤井:
それは普通のことであって、おかしなことだと思っちゃいけないのですよ。本気になって音楽を勉強してきたからこそ、別の職業に就いてもそれが生きるわけなのです。音楽専門だから一般の仕事ができないなんてことは絶対にありません。私自身は音楽のほうは本業だとは思っていません。私が演奏する時は鉄則があって、プロを起用しようにもギャラが出ない、或いは集客が必要な場合に限られます。私がプロの仕事を取ったらダメなのです。バルカン室内管も出演料はいただいていません。最近、地域の音楽活動にも参加していますが、元々は当社が支援するほうなので、出演料を貰う訳には行きません。出演料がなくても絶対手抜きはできません。真剣勝負じゃないとダメなのです。
山瀬:
それはプロだと思います。
藤井:
自分が吹くことによって、音楽を聴いてくれる人が増える、私の立場でそれができる、というのはいいことなのではないかと思っています。

